冬城家の娘たち短編小説【ほこり】

「あっくん・・・。」
 写真に写る、あの日、あの空間にいた元旦那、あつしに右手の指で触れる。
 フォトフレームは、あつしの知り合いの職人が掘ってくれた特注のもので、椿の花を掘って絵具で色づけられている。
 前撮りの時から、離婚届を置いて黙って出てきた日までのあきらとの思い出が波のように押し寄せてくる。
 今なら分かる、彼は、あきらはつばさをこの世界で一番愛してくれていると。
そして、ゆうひは自分の事なんてこれっぽっちも愛してくれない事も。
「つばさ?何やってるの、早く終わらせましょう。」
「つばささん?」
 フォトフレームを胸に抱き、つばさは自分の位置に座りなおす。
 その佇まいや表情は先ほどと全く異なり、凛としており、その変化に二人は思わず息を飲んでしまう。
「私、ゆうひなんていらない!」
 意見の変わりように、ちなつはびっくりして呆気に取られたが、むしろ好都合ではあったので特に言及は行わなかった。
「・・・。」
 さきはぐっ、と唇を噛み締め、しばらく考えた後、はっ、と大きく息を吐いた。
「俺も、お金はいらない。」
「え?本当にいいの?アナタの人生に関わる選択よ?」
さきがお金を本当に諦めるなんて信じられないらしく、もう一度聞き直す。
「・・・いいよ。
冬城家のお金で大学に通うのはやっぱり気が進まない。
それに、大学は休学もできるし、何歳でも通えるし。」
口ではいいよ、と言っているものの、表情はとても辛そうだ。
だが、ちなつにとってはかなり都合がいいので気にも留めない、もはや自分が当主になったも同然だからだ。
「ふふっ、さぁ、二人とも、私に投票しなさい。」
 勝利を確信し、余裕の笑みを浮かべるが、二人は何も言わずそんなちなつをじっとみつめたまま、発言もしなければペンを握り紙にちなつの名前も書かない。
「二人とも、どうしたのよ。
早く終わらせましょう。」
 紙とペンを二人の前に差し出し、急かすように声をかけるが、それでも二人はちなつを見つめたまま何もしない。
「ちなつ、私はアンタに投票しない。
自分に投票するわ。」
「俺も、ちなつさんには投票しない。
自分に票を入れるね。」
 二人の言葉に、大きな溜息を漏らす。
「・・・このまま決めないつもりね。」
 二人の思惑を汲んだちなつは心底だるそうに頭を抱えた。
二人は同数投票を行い、このまま濁す気なのだ。
「この家がどれだけこの島を栄えさせ盛り上げて来たのか、アナタたち二人はお分かりでないと?」
「知ってるわよ、でも、それ以上に好き勝手してきたじゃない。
観光業なんて、椿園さえあればできるし、島を好き勝手出来る力なんて不要なんじゃないのぉ?
それとも、その力がないと困る何かでもあるのぉ~?」
 先ほどちなつに向けられた表情に似た、人を心底馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「そ、それはっ・・・。」
「あ!そっかぁ、現在進行形でしてる島での不倫!名家冬城家の後ろ盾がなくなったら訴えられるもんねぇ?」
 ちなつは何も言い返せず、悔しさから歯を食いしばりながら視線を逸らした。
「昔からアンタの事気に入らなかったのぉ。
大人に気に入られるためにお手伝いや年少者の面倒見たりしていい子ちゃんぶってる所とか、一族の年近い子集めて自分がリーダーポジしてるのに酔ってる所とかぁ。
凄いね、素敵ね、一番だよ、て認められたいのは分かるけど、そういうのつまんない女の典型的なヤツだからっ。」
 鼻で笑いながら言い放つ。
「他人に認めてもらいたい、なんてつまんない事考えてるから、一族にも男にも都合よく扱われて大事にされないのよぉ。」
 ケタケタとちなつをあざ笑う、つばさの言葉を聞いてさきも思わず鼻で笑ってしまった。
それが引き金になり、つばさに煽られ溜まった感情が爆発した。
「つばさ、いい加減になさい。」
「嫌よぉ。
ほらぁ、こうして都合が悪くなったら怒るところもおばあちゃんにそっくり。
自分のした悪い事を隠蔽したがったり、島を都合の良いようにしたいなんて、アンタが嫌ってるりつこおばあちゃんとやってること全く一緒!」
「黙りなさい!!」
 ちなつの大声にも動じる事なく、つばさは冷たい表情を向けるのみ。
つばさはちなつが一番嫌がる言葉を知っていて、わざとこの場で使用したのだ。
「女、て怖ぇ~・・・。」
さきは聞こえない程小さい声で呟いた。
「つばさっ!アナタに私の何が分かるの!!子供の頃から東京で暮らしていたアナタが!!」
 感情が一度溢れ出てしまったちなつはもうブレーキは効かない。
 まくしたてるように、自分がどれだけ大変な思いをしてどれだけ家や島に貢献したのかを語る。
「この島に住んでいる以上、外でも家でも完璧を求められたわ!!
成績は常に一位、上品に振る舞い、島に住む全員に優しく接した!!!
年長者として一族の子供たちの面倒も見たしっ、大人たちが困っている時も嫌でも手伝う聞き分けも良い子供にもなった!!
島に戻ってきて、一族での立場を失った後だってっ、町役場の観光課で観光客を増やす為にSNS戦略に夏休みのイベントなんでもした!!!結果だって残してきた!!!!
休みの日は椿園のマーケティングもしてたのよ!!!!
冬城家に一番関わりがあって、継ぐのに一番相応しいのは私!!!!当然の結果よ!!!
そう!!!!私がっ!一番っ!!!当主に相応しいのっ!!!!」
 息切れしたらしく、肩で荒く息をする。
 二人睨みあう冷戦状態を変えたのはさきと一枚の紙だった。
「誰が相応しいだって?」
 そ、と、机に【遺書】を広げた。
 そこには当主になるべき人間の条件が書かれており
・一年以内に不法や犯罪を働いていないもの
・自制のあるもの
・嘘をつかず誠実なもの
以上三点の条件が書かれている。
「遺書には”条件を満たす”と書かれてる。
ちなつさんだけじゃなく、俺とつばささんも満たさない。
結局皆継ぐ事はできないんだよ。」
「こんなのっ!!ただの判断基準よ!!」
 遺書を乱暴に掴み、手で破ろうとしたがそれをつばさが制止する。
「この判断基準に沿って私とさきがアンタを相応しくない、て言ってんのよっ!
いい加減に諦めなさいよ!!」
「はぁ!?」
 二人がまたヒートアップしてしまい、今度は髪の引っ張り合いに発展しそうだったので、流石のさきも間に入る。
「ちなつさん!つばささん!!暴力はダメだって!!!」
 三人の中で身長が一番高く、体格も男性なので二人の間に入って止める事は簡単なのだが、暴れる二人の手やら足やらに襲われる。
 暫く我慢してきたが、みぞおちにちなつの肘が入った事でその場に崩れ、我慢の限界に達する。
「っ!!
もういいじゃん!!家族で争うのはもう辞めようっ!!」
 さきの口から出た「家族」という言葉に、二人は動きを止める。
言葉を放ったさき本人も、自分から「家族」という単語が出た事に驚き、みぞおちを労りながら顔を上げた。
 ちなつとつばさはお互いの顔を見合わせる。
時間が経ち、成長し雰囲気は変わってしまったが、お互いの目には20年以上前のお互いの姿が鮮明に浮かんでくる。
 夏休みは毎年島で一緒に過ごしていた事。
港で10円のコロッケを皆で買って食べた事。
晩御飯にくさやが出てきて、臭すぎて大人たちと別の部屋でご飯を食べた事。
椿園で自由に遊び回ってスタッフのお姉さんに怒られた事。
夏休みが終わり帰るとき、寂しくて最後の夜は一緒の布団で寝た事。
 つばさは、優しくてしっかり者なちなつが大好きで、夏休みが楽しみで仕方がなかった事を思い出す。
 また、ちなつも自分によく懐いてくれたつばさが可愛くて仕方なく、遊びに来た時はよく色んな所に連れまわった事を思い出した。
「ちなつ、アンタも一族に振り回された一人じゃない。」
 ゆっくりちなつに近づき、ちなつの手を両手で優しく握る。
ちなつも、つばさの手を握り返す。
「もう豪族なんてやめましょう。
椿園を経営していて、島の観光業の中心の一族で十分じゃない。」
 ぎゅっ、と一層ちなつの手を握る。
「・・・はぁ。」
 ちなつは体の中からなにか出すかのように大きな息を吐いた。
「言っとくけど、権力を手放すともう私たち堂々と外歩けないわよ。」
「そうかもねぇ、冬城家に恨みのある会社や島民は沢山いるし。」
「国が口出してくるようになるから、島だって大きく変わってしまうわ。」
「そればっかりはねぇ・・・?島民次第なんじゃないのぉ?」
「おばあ様積み上げて来たものを、殆ど手放す事にもなるわ。」
「家業の椿園と椿屋敷は残るわぁ。」
 しばらく、考えたかのように黙り込んだ後、思い切ったように口を開く。
「権力も、当主の座もいらないわ。」
娘三人と、花婿の長い長い一日は花婿を拘束し、”誰にも投票しない”という娘三人の聡明な判断で終止符が打たれた。

冬の嵐は次第に風力が弱まり、今ではすっかり優しい雨に変化を遂げていた。

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ふゆしろあさひ(シナリオライター)ポートフォリオ