冬城家の娘たち短編小説【ほこり】

小説表紙
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ほこり

 四人の男女は、大きなこたつを囲み広げられた四枚の紙を見つめる。
その紙を見ている四人の表情に統一感は無く、長い髪からはシャンプーのいい香りが漂いそうな女性、ちなつは品があって清楚な美しい女性には似合わない程顔を歪ませ、まるで悪魔のような形相であざ笑うかのように紙を見つめている。
 その隣に座っているさきは、反面安堵したように額の汗を拭い息を吐く。
だが、安堵したのはその一時のみ、これからはじまる大本命、当主決めが待っているのだ。
それ以上に、自分の前に座っている二人の凍り付いた雰囲気に肺が凍ってしまいそうで、呼吸がし辛い。
「ゆうひ二票、私に一票、白紙一枚。」
 見本のような綺麗で美しい字と、丸い字で「ゆうひ」と書かれており、字の特徴でこの二枚が誰が書いたのか全員が分かった。
 さきは恐る恐る、「ちなつ」と書かれた紙を見た。
字は特徴的なもので、綺麗でも汚くもない、兎に角個性的な字だ。
その字には見覚えがあり、ドキッ、と心臓が悲鳴をあげた。
 ちなつはゆうひをクスクスとあざ笑う。
なんせ、自分に惚れこみ、都合よくなんでもしてくれる駒だと思っていた女が自分を見捨てたのだから。
滑稽で仕方がないのだ。
 それに対し、ゆうひは表情を変えず、爽やかな微笑みで受ける。
「僕ですか。」
 ゆうひの心地いい低音の声が広いリビングに響く。
 今の時代、配信でもすれば一気に女性ファンが集まりそうなほど綺麗な声だったが、つばさはその声が鼓膜に到達した瞬間、びくっと恐怖で肩を震わせた。
その声の綺麗さの中に、怒りの感情が籠っていたのはこの場にいる全員が感じている。
そして、それが誰に向けられているのかも。
「当たり前でしょう?
りつこさんを殺せるのはどう考えたってゆうひ、アンタしかいないのよ。
私とつばさを争わせて時間を稼いだり、さきを犯人に仕立てようとしたりして必死に逃げ切ろうとしてたけど残念。
最後の頼みの綱に裏切られて可哀そう・・・。」
 目を細め、若干顔は斜め上に傾いている、オマケに、口角は左側に上がっており、手を組んでゆうひを見下す。
「さき、ゆうひを縛りなさい。」
「えっ!?私が・・・?」
 命令されたことに若干モヤモヤしつつ、ちなつの圧力に負け、ゆうひの背後に回った。
 倉庫にあった結束バンドを一本片手に、ゆうひの右手を背後から掴もうとしたその時だ。
ゆうひは掴もうと背後から近づくさきの手をしっかり掴み、後ろに振り向く。
「ぇっ・・・!?」
 ついに追い込まれ、逆に組み敷かれてしまうと考えたさきは反射的に後ろへ下がろうとした。
だが、一服飾系の大学生と、庭仕事も行う使用人では力差は歴然。
ぐっ、と自分の右手が引っ張られ、肩の関節が悲鳴を上げそうになるだけだった。
「君に、これを。」
 さきは手の甲を向けていたが、ゆうひは手の平に向けなおし、菊結びの黄色と紫のピアスを掌に置く。
「昨晩、お風呂場で拾って、次の日君に返そうと思ったんだ。
なのに、また僕が落としていたなんて、恥ずかしい限りだよ。」
 ゆうひはさきを見上げ、恥ずかしそうにはにかむ。
まるで、ドラマに出てくる王子様が、お姫様に贈り物を贈る場面のように、その空間は甘い雰囲気と、ゆうひからの好意的な感情が充満していた。
 それを一心に向けられたさきはむせかえりそうになり、掴まれていない方の手で口を抑えた。
「・・・本当に綺麗だ。」
 うっとり、とさきを見つめ、溜息のように吐かれた言葉。
 さきが手に置かれたピアスを握りしめるよう、自分の手でその手を包み込む。
握った事を確認した後、そのピアスを握った拳に触れるだけのキスを施す。
 さきはその光景を見て目をぎょっと見開き、鳥肌が全身を駆け巡った。
外野で見ているちなつとつばさもその光景に驚き、目を見開き、口をあんぐりとあけゆうひの唐突な行動に驚く事しかできない。
その三人の驚いた顔は全く一緒で、遠くても近くても、冬城の血が確かに、娘たち三人に流れているようだと知らしめてくる。
 ゆっくりと、さきの拳から唇を離し、恍惚とした表情でさきを見上げたあと、口角を上げ、両腕を手首に付け、さきに差し出した。
 さきは嫌悪感を感じながらも、しっかりと結束バンドで両手を縛り上げる。
手を拘束したら次は足だ。
結束バンドをもう一本手に取り、ゆうひの両足を拘束する。
ゆうひは驚くほど無抵抗で、むしろ自分から差し出す程素直だ。
 さきが足にも結束バンドを付けている最中、拘束された手でさきの頬に触れようとしたが、それはさきの手によって振り払われる。
「!?」
ゆうひはまさか、自分をまるで美しい花弁を食いつくしてしまう害虫を見るかのように冷たく、厭悪する眼差しに先ほどまで舞を踊っているかのように波打っていた心臓が、冷えて氷ついてしまう感覚に陥る。
「気安く俺に触るな。」
 自分を刺すような視線、低く、張りのある声、冷たい表情。
全て、ゆうひの記憶の中にある美しい女神のものと合致しない。
「つ__。」
 焦り、求めていたものを再度呼び戻そうと言葉を放とうとしたその口を、無常にもさきはガムテープで塞いだ。
ゆっくり立ち上がり、拘束され全く動けないゆうひを見下ろした。
「いつまでも初恋引きずって、いい年して恥ずかしくないの?」
ゆうひはその言葉を聞いて、何か言いたそうに見上げたが、諦めたのかがくっ、と肩の力が無くなり、俯く。
 さきは興味をなくしたのか、そのまま自分の座っていた所に戻り、静かに座った。
「・・・。」
「・・・。」
「え?」
 座って改めてなつとつばさの顔を見ると、気まずそうに目線を泳がし、口をきゅっとつぐんでいる。
さきは訳もわからず、二人の顔を交互に見た。

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ふゆしろあさひ(シナリオライター)ポートフォリオ