冬城家の娘たち短編小説【ほこり】

「これで、心置きなく本来の目的を果たせそうね。」
 ちなつは若干疲れている様子だが、他の二人も一緒だ。
それもそのはず、一日で家族が一人死に、家に閉じ込められ、自分たちを殺そうとする殺人犯と過ごしていたのだから。
とはいえ、本番はここから。
娘三人は気を取り直すようにお茶を飲んだり、座りなおしたり、化粧を直したりしている。
 相変わらず、島を覆う嵐の勢いは衰える事を知らず、むしろ激しさを増し、先ほどから雨戸に何か固い物がぶつかる音や、風の鋭い音が屋敷の中に響いている。
だが、冬城家の血を引く三人の心は外の嵐よりも乱れ、荒々しく欲望が波打つ。
その欲望を抑えるのは並大抵の精神力では無理だろう。
 「この中で一番当主に相応しい人物だけど、やっぱり私じゃないかしら。」
自分の胸に手を置き、にっこりと微笑む、だが、その仮面の下には見るも恐ろしい暗闇が広がっていると、さきとつばさは分かっていた。
「はぁ?そんなわけないでしょ!このはしたない泥棒猫!!
よそ様の家庭壊しておいてよくそんなこと言えるわね。」
 先ほどまで黙っていたつばさが身を乗り出してちなつに反論する。
「あら、家庭を捨ててまで好きな相手と誇り高い冬城一族、どちらも選べなかった半端者に言われたくないわ。
とりあえず、五年黙っててくれる?」
ふっ、と馬鹿にしたように鼻で笑い、つばさを煽る。
 さきは、冬城家がどんな名家で何を成したのか分からないが、これだけはハッキリと分かっていた。
この家は廃れるべきだと。
好きな人の為なら冷静さを失うつばさ、権力に自惚れて傲慢なちなつ。
そして、この家は人生をかけた復讐で暴走したゆうひを生み出してしまった。
冷静に考えて、こんな滅茶苦茶な田舎の名家なんて存在していいはずがない。
時代錯誤も良いところだし、力を持つに値しない。
 「なぁ、もうこんな事やめよう。」
口論している二人の間に入るように、声を張り仲を取り持とうと試みる。
 二人はさきの言葉で一度口論を辞め、同時に彼を見た。
「はぁ?何言ってるの?」
「この家を諦めるなんて絶対にあり得ないんだけどぉ?」
 興奮が収まらない二人は、その勢いのまま、さきに言葉を浴びせる。
 その圧倒的な態度に、その辺にいる人間ならびっくりして恐縮してしまうが、母親のヒステリックで耐性のあるさきは少し恐怖心を抱きながらも毅然とした態度で次の言葉を紡ぐ。
「冬城家は可笑しい!
なんだよ、最高の花婿、て。
今の時代そんなの創作でも流行らないぞ?
それが切っ掛けで事件も起きたしさ、家を継いだって業を背負う事になるんだぜ?
もう当主なんて決めずに三人で辞退しよう。」
 そう呼びかけるが、二人には一切響いていない様子で冷たい目でさきをじっと見つめる。
 勇気を出し、伝わりやすいように言葉を考え絞り出したが、伝わっていない、というよりかは、意味が伝わった上で何も響いていないようだ。
 「さき、アンタが嘘をついてまでこの当主決めに参加した理由、まさか忘れてないわよねぇ?」
つばさは机をバンっ、と強く叩き、さきに怒りを露わにする。
 流石のさきもその物音でびっくりしてしまい、先ほどの勢いがしぼんだ風船のように小さくなるのを感じた。
「可笑しくて業のある冬城家の財力が欲しくて埼玉からわざわざ来たんでしょう?」
「そ、そんなの、俺知らなかったし・・・!」
「知らなかったのはアンタの都合でしょ!
この当主決めに参加した時点で、アンタも一族の一員であり同罪なのよっ!今更常識人ぶったって意味ないわっ。」
 二人の勢いと、自分がこの一族に関わってしまった後悔の念で押しつぶされそうになりながらも、必死に折れんと踏ん張るが、もう長く保てそうにない。
「じゃあ、こうしましょう。」
ちなつはニコニコ、と優しそうな笑顔を顔に貼り付け、さきに提案を行った。
 さきはすっかりその優しい笑顔に安心し、ちなつの話に素直に耳を傾ける。
「さきは大学費が欲しいのよね、なら私が相続した冬城家の遺産で払ってあげる。
勿論、返さなくて結構よ、これは未来ある冬城家の若者への投資だもの。」
「・・・え?いいの?」
「はぁあ!?買収とか卑怯よ!!!」
 つばさは勢いに任せてちなつの腕を強く掴む、ちなつ怒りで眉間に皺が寄り、歯を食いしばるつばさを冷徹な目で見つめた。
「買収?これは交渉よ。」
 つばさの手を振り払い、掴まれていた部分を細く長い指でいたわるように撫でる。
「つばさ、きっと、アナタの考えはこうでしょう?
自分が当主になり、ゆうひの罪を不問にし二人で幸せに暮らす。
私が当主、若しくはさきが当主になれば、恐らくゆうひは刑務所行き。
だから自分が当主にならないと。
そうでしょう?」
 大体図星だったつばさは何も言えず、ちなつから目を逸らす、その様子を見てちなつは見下すようにつばさを鼻で笑った。
「あんな所見せつけられてもまだ好きなの?この中におつむの弱い猿が混じってるようね。」
 嫌味ったらしく言葉を吐いた後、気を取り直したかのように優しそうな笑顔をまた張り付ける。
「分かったわ、そんなにゆうひが欲しいならあげる。」
「え。」
 豆鉄砲を喰らった鳩のような間抜けな顔になったつばさに、クスッと笑いながらもちなつはつらつらと話し続ける。
「一度主に牙を向けた駄犬は処分するのが賢明な判断だけど、そんな駄犬が欲しいならつばさにあげるわ。
安心して、罪は不問にするから、その代わり、二度と冬城家に危害を加えないよう、つばさが見張るのよ?」
「ゆうひが・・・、私のものに。」
 つばさは隣に拘束され、俯きこの場所に同席しているだけのゆうひを見る。
もう、記憶にない時からずっと大好きだったお兄さん。
欲しくてとっても頑張っても手に入れる事ができなかった男性。
その人が今、この瞬間に自分のものになろうとしている。
「ふんっ。」
 ちなつは長い髪を手ではらって靡かせ、無事話し合いが着地しそうなこの状況にやっと一息をつく。
「さぁ、二人とも私が相応しいと言いなさい。」
胸に手を置き、ニコッと笑い、二人の言葉を待つ。
「・・・。」
 さきは揺らいでいた。
自分のやりたい事と正義感で。
 だが、他人の為に自分の事を諦められる人間なんてほんの一握り、若しくは漫画の中だけだとさきは分かっている。
自分にとってゆうひは赤の他人で、この家での仕打ちは同情するが犯罪者である事に変わりない。
居心地の悪い家と違い、楽しくて、わくわくする唯一の居場所、夢のようなキャンパスライフをどうして手放せようか。
「俺は・・・っ。」
「私は__。」
 二人が何かを宣言しようとしたその時だ。
つばさの後ろにあった物がパタン、と音を立て、居間に不思議なくらい響いたのは。

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ふゆしろあさひ(シナリオライター)ポートフォリオ