冬城家の娘たち短編小説【ほこり】

 翌朝、雨の匂いに包まれてゆうひは、まるで躾けが行き届いた犬のように大人しくパトカーに連れて行かれた。
 ゆうひの背中を見送りながら、三人は今後の事についてほんのり考えていた。
 娘たち三人は警察で事情聴取が行われ、解放されたのはその日の夕方。
現場にいた重要な証人を警察は入念に調べた。
 この島の警察は冬城家の今までの行動を盾に、ゆうひの罪をどうにか軽くするために必死だったのだろう。
 一応被害者であるはずなのに、三人はまるで悪者かのように扱われるその空間がとてつもなく居心地が悪かった。
だが、三人は甘んじて受け入れ、時に謝罪し、ゆうひの有利な証言も残した。
「あーぁ、今日帰る予定だったのに。」
 ウィッグを脱ぎ、さっぱりとした短髪になったさきは、すっぴんだという事も相まってがらりと印象が変わる。
 地雷系の女の子から、韓国風の青年に変貌を遂げるのだから、髪型と服装が与える印象の大きさは凄まじい。
「帰る人がごった返して結局チケットなんて取れないわよ。」
 ちなつは缶ビールを軽々とあけてぐびぐびと豪快に飲む。
「昨日は皆立往生だものねぇ。」
 焼けたばかりのくさやを箸でつつき、口に運ぶつばさを、さきは「信じられない」と言わんばかりのジト目で見つめる。
「そんな目で見ないでよぉ〜。
結構美味しいのよぉ?」
 つばさはくさやの身をほじくり、さきの口元に持っていくが「ゲっ」と声を上げて身を引く。
「辞めなさいつばさ。」
 呆れながらつばさを止めれば、「はぁ~い」と素直に諦め、箸で掴んだ身を口に運ぶ。
「ん~!美味しっ。」
「俺にはまだ早いよ。」
 そういいながら、島の港で買ったコロッケをソースも付けずそのまま食べたが、くさやの匂いで鼻が馬鹿になりもはや100%の美味しさを感じる事はできない。
 くさやを出したちなつと、美味しいと食べるつばさに殺意が湧いたが、逆らうと怖いので我慢する。
「そういえばぁ、町役場の件どうなったのぉ?」
 三人とも、程よく酔いが回ってきたころ、つばさがふと、冬城家の権力がどうなるのか年長者のちなつに尋ねる。
「まだ何も、今日はゆうひの件で一日いなかったしね。
でも、電話で「当主が決まらなかったというなら、書面通り事を進めます。」て言われたわ。
詳しくは後日ね。」
「ふ~ん。」
 興味なさそうにさきは相槌をうち、向かい側にある刺身の盛り合わせに箸を伸ばす。
それを見かねた近くのちなつが手でさきの方へ寄せてやった。
「ありがとう、ちなつ姉ちゃん。」
「権力の事も心配だけどぉ、冬城家の遺産でもひと悶着ありそうよねぇ。
お金はともかく、この家と椿園と会社、どうなっちゃうのかしらぁ。」
 つばさは眉間に皺を寄せ、溜息をつく。
「お母さんとその姉妹たちがどうにかしてくれると信じてるけど・・・。」
「あの人たちも頼りないわよねぇ・・・。」
 ちなつの母とつばさの母、そしてさきの祖母は姉妹であり、二代目の娘たちだ。
 島にいるちなつの母は、ちなつの姉の介護で忙しく、つばさの母もこういった事にかなり疎い、さきの祖母に関しては興味も示さないだろう。
 ましてや、自分の母親が惨殺されたのだから、冷静に判断ができる訳がない。
「家と椿園、会社を継いだって、ゆうひの事件の影響でしばらく晒し者よ。
こんな立派な家を事故物件にして、アイツ一生許さないわっ。」
 飲み終わったビールの缶を握り潰し、冷蔵庫からもう一本ビールを持ってくる。
「もうこの事件結構ニュースになってるし、椿園も打撃受けるんじゃない?」
「【椿屋敷の美しき殺人鬼】て、メディアも変に煽るんだから・・・。
この書き方じゃ、私たちが悪いみたいじゃなあい。」
 むすっ、としながら島のスーパーに置いてあった安物のワインとオレンジジュースで割ったカクテル、『レッドワイン・クーラー』をジュースのように飲む。
「些か否定できないけどな。」
 さきは冷静に一言滑り込ませる。
だが、つばさはあえてその言葉を無視した。
 SNSやネット記事では、東京都の田舎で起きた事件で話題が持ち切りだ。
今後訪れる騒がしい日常に備える為、三人はこうしてお酒を飲み、美味しいものを食べ、つかの間の静かな夜を楽しんでいる。
「冬城家の今後なんて今考えなくていいのよっ、なるようにしかならないんだから。
それよりアナタたち、明日からどうするの。」
 新しい缶ビールをあけながら二人を交互に見る。
「俺は休学するつもり。
バイトして、お金貯めて、また通うよ。」
 大人二人は二十歳の親戚の子にそんな事言わせてしまって申し訳なく思ってしまう。
誤魔化すように二人はお酒を口に運んだ。
「あと、母さんとちゃんと話してみるよ。
あれでも、一応家族だし。」
 この決断は、ただ母親と上手くやっていく為に努力をする、というわけではなく、今まで自分に行ってきた嫌な事を許すという事だ。
「親を大人だと思っちゃダメなんだな。」
「そりゃ、大人も大人になれないんだもの。」
「そーそー、気持ち17歳くらいだもんねぇ。」
「それは低すぎよ。」
 二人が言うと説得力が増すなぁ、とさきはハイボールを飲みながら思った。
「つばさは?」
「私は元旦那の所に謝りに行くわぁ。」
 ちなつとさきは顔を見合わせ少し苦い顔をする。
何故なら、つばさの行った事は擁護できないくらい自分勝手なものだったからだ。
 とはいえ、つばさの元旦那は今でもつばさを待っているのも揺るがない事実として存在している。
「私、バカよねぇ・・・。
手に入らない自分を愛してくれない素敵な男に目が眩んで、本当に自分を大事にしてくれる素晴らしい男を自分から手放すなんて。」
「あら、やっと分かったの?
良かったわね、30になる前に気づけて。」
 鼻で笑うちなつを、さきは冷たい目で見つめ、「お前が言える立場か。」と心の中で毒を吐く。
 ちなつとさきは上手く元鞘に戻り、再出発できる事を祈るばかりだ。
もし、今の懐の大きな男性を逃し、また変な男に誑かされて面倒ごとになるのは御免なのだ。
「ちなつ姉ちゃんは?」
 この中で一番後処理が面倒そうなちなつを心配を含んだ目で見るさき。
「役場は異動させられる前に辞表出すわ。
慰謝料とか裁判は・・・今は考えたくないわね。」
 思考を流すように、缶ビールを喉に流し込む。
「職場辞めてどうするのぉ?」
「色々考えたんだけど、やっぱりこの椿園を手放す事はできないわ。」
 この家と椿園には、冬城家の思い出が沢山詰まっている。
どんな人でも、どんな事をされても、血の繋がった家族。
刷り込まれ美化された思い出だとしても、受けた愛情はきちんと胸と自分の歴史に刻まれている。
「おばあちゃんの会社を継ぐ事にした。」
「でも、継いだってデメリットの方が多いんじゃないの?
さっきちなつ姉ちゃんが言ってたみたいにさ。」
「ふぅん、なんやかんや、おばあちゃんとこの家に愛着あるんだぁ。
ちなつはおばあちゃんの一番のお気に入りだったものねぇ。」
 くるくる、とワイングラスに入っている赤色の液体を回しながらちなつに悪戯っぽく笑う。
 普段なら本心を隠し、平静を装えるのだが、今はアルコールのせいで本心が表情から零れ落ちてしまう。
「そ、そんなのじゃないわよっ。」
 ちなつの動揺する様子を見るに、図星だったらしい。
「こほんっ。
今、この島では椿園以上の観光地はないでしょう?
これから作るにしても、何年かかるやらっ。
最初は、確かに風当りが厳しいかもしれないけど、時間が経てば冬城家の椿園があってこそ、この島は観光地として栄えていると理解するはずよ。
そうすれば、また冬城家はこの島を支える名家として帰り咲くだけじゃなく、お金も稼げてそれなりの地位も手に入れる事ができるわっ!」
「それで、不倫の慰謝料支払うと。」
「良い考えじゃないのぉ、頑張ってぇ。」
「あ、ついでに俺の学費払ってよ。」
「アンタが不倫専門の弁護士を目指してくれたら考えてあげるわ。」
「全然反省してねぇじゃん!」
100年の歴史ある建物、椿屋敷には三人の楽しそうな笑い声が響いていた。

 こうして、長く島に鎮座していた豪族冬城家は持ち家の椿屋敷と事業の椿園と遺産を残して没落した。
「今後の憂いや不安は記憶が飛ぶほどのお酒で流す。」
 亡き当主、りつこが娘達に与えた沢山の教えの一つだ。
 もしかしたら、その教えが一番娘たちの役に立っているのかもしれない。

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ふゆしろあさひ(シナリオライター)ポートフォリオ